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             ★ 【過去問解説第103回 】 ★

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                     PRODUCED BY 藤本 昌一
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  【テーマ】 民法=不法行為

  【目 次】 過去問・解説
    
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 ■ 平成24年度・問題34
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   不法行為に基づく損害賠償に関する次のア〜オの記述のうち、民法
 の規定および判例に照らし、妥当なものの組合せはどれか。

 ア Aの運転する自動車がAの前方不注意によりBの運転する自動車
    と衝突して、Bの自動車の助手席に乗っていたBの妻Cを負傷させ
    損害を生じさせた。CがAに対して損害賠償請求をする場合には、
    原則としてBの過失も考慮される。

 イ Aの運転する自動車と、Bの運転する自動車が、それぞれの運転
    ミスにより衝突し、歩行中のCを巻き込んで負傷させ損害を生じさ
    せた。CがBに対して損害賠償債務の一部を免除しても、原則とし
    てAの損害賠償債務に影響はない。

 ウ A社の従業員Bが、A社所有の配達用トラックを運転中、運転操
    作を誤って歩行中のCをはねて負傷させ損害を生じさせた。A社が
    Cに対して損害の全額を賠償した場合、A社は、Bに対し、事情の
    いかんにかかわらずCに賠償した全額を求償することができる。

 エ Aの運転する自動車が、見通しが悪く遮断機のない踏切を通過中
    にB鉄道会社の運行する列車と接触し、Aが負傷して損害が生じた。
    この場合、線路は土地工作物にはあたらないから、AがB鉄道会社
    に対して土地工作物責任に基づく損害賠償を請求することはできな
  い。

 オ Aの運転する自動車がAの前方不注意によりBの運転する自動車に
    追突してBを負傷させ損害を生じさせた。BのAに対する損害賠償
    請求権は、Bの負傷の程度にかかわりなく、また、症状について現
    実に認識できなくても、事故により直ちに発生し、3年で消減時効
    にかかる。


 1 ア・イ

 2 ア・エ

 3 イ・オ

 4 ウ・エ

  5  ウ・オ


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 ■  解説 
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 ●  本問のポイント 1

  次の2点に関して、正確な知識があれば、ただちに正解に達する。

 (1)不法行為における 過失相殺においては、「被害者側の過失」
      は考慮される。

   (2) 共同不法行為者の責任としての連帯債務は、不真正連帯債務
   であって、共同不法行為者の1人に対する免除は、他の共同不
   法行為者にその効力が及ばない。

   肢アの記述は、(1)に照らし、妥当であり、肢イの記述は、
  (2)に照らし、妥当であるので、妥当なものの組合せは、ア・
  イとなり、1が正解である。

 ● その他の肢に関するポイント

 (1) 肢ウについて

   使用者責任において、被用者への求償については、限度が認め
  られるので、本肢は×である。

 
   (2) 肢エについて

   線路は土地の工作物にあたるので、その設置に瑕疵がある場合
  には、鉄道会社は、土地の工作物責任をおうので、本肢×である。

   (3) 肢オについて

   不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害等
  を確実かつ現実に知った時から進行するというのが判例であるか
  ら、本肢は×である。

 ● 各肢の検討

  
 ○ 肢アについて

 (1) 条文

   722条2項によると、被害者に過失があるときは、裁判所は
  損害賠償の額を定めるのにこれを考慮することができる。
   
   本肢では、Bの自動車の助手席に乗っていたBの妻Cである被
  害者に過失はなくても、運転者であるBに過失があった場合にお
  いて、Bの過失を考慮できるかが論点になる。

 (2)判例

   a 722条2項にいわゆる過失とは単に被害者本人の過失だ
    けでなく、広く被害者側の過失をも包含する趣旨と解するの
    が相当である(最判昭36・1・24民集15ー1−35)。

   b 園児を引率していた保育園の保母は被害者と身分上ないし
    生活関係上一体をなす関係にはないとしてその者の過失を否
    定した(最判昭42・6・27民集21−6−1507)。

    以上の判例によれば、本肢では、夫であるBの過失について
   は、Bの妻であるCがAに対して損害賠償をする場合において
   考慮されることになるので、本肢は妥当である。

  (3)法常識

   加害者の立場からすれば、夫である運転者の過失を考慮されな
  いことは、不公平であると考えれば、かりに「被害者側」の過失
  の判例理論を知らなくても、本肢では、正解に達する。
   なお、さきの園児の例では、肉親の立場にたてば、保母の過失
  が考慮されることは、耐えがたいことになるであろう。

 
  ※ 過失相殺に関連する事項

   (ア) 事理弁識能力

     被害者が未成年者であっても、たとえば赤信号のとき通っ
    てはいけないなどのように、事理を弁識するに足る知能を備
    えていれば、その過失を考慮すべきことである(最判昭和3
    9・6・24民集18巻5号854頁・・小学校2年生につ
    いて肯定)。《後掲 民法 2 467頁)

   (イ) 債務不履行との違い

         不法行為の場合には、債務不履行(418条)の場合と異
    なって、額についてだけ、考慮しうるにすぎない(過失を認
    定しても、諸般の事情により考慮しなくとも違法ではない)。
   《後掲書 467頁》

     債務不履行の場合には、過失を認定すれば、これを考慮し
    なければ、違法になるということなのであろう。

     しかし、「債務不履行との間にこのような差異を設ける十
    分な根拠があるかどうか、すこぶる疑問である」(後掲書4
    67頁)。
    


  ○ 肢イについて

    
      (1) 条文

      719条は、共同不法行為者の責任として、連帯債務
          を生ずるとしている。

    (2) 通説・判例

            共同不法行為者各自の行為がそれぞれ独立に不法行為
     の要件を備えるときは、各自は違法な加害行為と相当因
          果にある全損害の賠償責任を負う(昭和43年4月23
     日民集22巻4号964頁)

      その共同不法行為の態様としては、過失が競合する場
     合も含む(大判大正3・10・29民録20−824)。

      本肢は、過失が競合する競合する場合に該当するので、
     A・BはCに対して共同不法行為者の責任を負う。

      当該連帯債務とは、学説に従って判例は、不真正連帯
     債務であるとみる(最判昭和57・3・4判時1042
     号87頁ほか)。

      不真正連帯債務にあっては、債権者が債務者の1人に
     対し、または同時もしくは順次に総債務者に対して、全
     部または一部の履行を請求しうるという点では連帯債務
     と同一だが(432条参照)、弁済その他の満足のほか
     は、ことごとく、相対的効力を有するにとどまる点で連
     帯債務と異なる(消滅時効につき大判昭和12・6・3
     0民集16巻1285頁。免除につき最判昭和57・3
     ・4判時1042号87頁。最判平成6・11・24
     判時1514号82頁・・・)《後掲書 124頁》

      つまり、不真正連帯債務にあっては、絶対的効力を生
     ずる434条から439条は不適用になるのあって、免
     除に関する437条も適用されない。
   
      したがって、共同不法行為者の一人に対する免除は、
     他の共同不法行為者にその効力が及ばないというのが通
      説判例だから、本肢において、CがBに対して損害賠償
     債務の一部を免除しても、原則としてAの損害賠償債務
     に影響しないことになる。本肢は妥当である。

    ※ 補足事項

        (ア)被害者が共同不法行為者A・Bのうちの一人Bとし
      た訴訟上の和解においてAの残債務をも免除する意思
      を有していたときは、免除の効力はAにも及ぶとする
      判例がある(最判平成10・9・10民集52巻6号
      1494頁)。

       本肢では、CがBに対して損害賠償債務の一部を免
      除しても、「原則として」Aの損害賠償債務に影響は
      ないとなっているが、この「原則」としての文言は、
      「例外」に属する当該判例を想定したものであろう。

       この判例は、は、共同不法行為者の一人に対する免
      除は、他の共同不法行為者にその効力が及ばないとい
      うのに対して、免除の意思による修正が可能だという
      観点を導入したものと位置づけられる。

       内部の求償権を故意・過失の割合を基礎にして決め
      ることになるが(最判昭和41・11・18民集20
      巻9号1886頁)、それが不明のときは平等割合と
      解して処理するほかはあるまい(後掲書486頁参照)。


       当該判例を基礎にして、記述式問題を作成するとい
      うのも、一つの観点として、ありうると思われる。
       というのも、過去問では、以前の択一式を基礎にし
      て記述式問題が作成されていると思われるものが散見
      されるからである。

    (イ) 不真正連帯債務につい は、「連帯債務のように両
             債務者間に共同目的のための主観的連結がない」と
             説明されるが(後掲書124頁)、その主観的連結
             が負担部分を通じた横のつながりであり、共同不法
             行為者双方には、このような連結がないため、これ
       を前提とした絶対的効力を生ずる規定が不適用とな
             るのであろう。


   ○ 肢ウについて

     
     本肢では、715条1項の使用者責任に基づき、使用者
    であるA社が被害者であるC対して損害の全額を賠償した
    場合にも、加害者であるA社従業員B自身の責任が解除さ
    れるのではなく、同条3項に基づき、AはBからこれを償
    還させるという筋道になる。

     この場合、判例は信義則上相当と認められる限度で求償
    できるとする(最判昭和51・7・8民集30巻7号69
    8頁)ので、本肢は妥当でない。

     本肢の「事情のいかんにかかわらず・・賠償した全額を
    求償することができる」という記述に関しては、当該判例
    を知らなくても、おそらくは、判例はそこまで過酷に使用
    者の被用者に対する求償を認めないであろうという察しは
    つくであろう。

    
   ○ 肢エについて 

          717条1項の工作物責任に関して、土地の工作物と
     は、土地と密接な関係にある工作物全般をいい、これに
     は鉄道も含むのは、通説・判例であるから、本肢では、
     鉄道からの損害であって、被害者であるAは、B鉄道
     会社に対して土地工作物責任に基づく損害賠償を請求
         することができる。本肢は妥当でない。

      なお、以下の記述を参照されたい。

      717条1項にいう「瑕疵とは設置・保存に不十分な
     点があるという意味であるが、物質的な瑕疵に限らず機
     能的瑕疵を含む。従って設備を全体として観察し、たと
     えば、鉄道会社が必要な場所に踏切番人その他の設備を
     しないという保安施設を欠くことなども、土地の工作物
     の設置上の瑕疵と考えられる(46・4・23民集25
     巻3号351頁)。」《後掲書481頁》

      したがって、本肢の記述にある、見通しが悪い場所に
     遮断機のない踏切を設けるのは、土地の工作物の設置上
     の瑕疵であると考えられる。

      本肢もまた、詳細に判例を知らなくても、容易に判例
     の存在を推定できるであろう。
      

   ○ 肢オについて

    
    724条前段によれば、不法行為による損害賠償請求権に
   ついては、被害者またはその法定代理人が損害および加害者
   を知った時から3年という比較的短い期間で消滅時効にかか
   るが、判例によれば、損害等を知った時というのは、被害者
    がそれを確実かつ現実に知った時を意味する(最判昭和42・
   7・18民集21巻6号1559頁、最判平成6・2・22
   民集48巻2号441頁・最判平成14・1・29民集56
   巻1号218頁)。《前掲書 470頁)
    したがって、「症状について現実に認識できなくても」と
   いう本肢の記述は、判例に反するので、本肢は妥当でない。

    本肢もまた、法常識に照らしまた多数の同趣旨の判例もあ
   ることからして、妥当でないことは容易にわかると思う。

    
     ※ 参考事項

     当該損害賠償の請求権が比較的短い期間で時効にかかる
    根拠

     「なるべく速やかに問題を片づけないと要件の有無や損
    害の証明が困難となることと、被害者の感情が鎮静すべき
    時期が過ぎてから問題をまき起こすのは不当だ、というこ
    とを考えたものである。」《後掲書470頁》

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   再説するまでもないが、本問については、ア・イが妥当なも
  の組合せとなるので、1が正解である。

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 ● 付 言 

   判例問題については、かりに判例知識がなくても、思考の幅
  を拡げて、法常識の観点から各肢の記述の妥当性を考えてみる
  ことも大切であると私は思料する。 
    


 ★ 参考書籍 
  
 
     民法 2 ・ 我妻榮/有泉亨/川井健 著・勁草書房
 


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 【発行者】 司法書士藤本昌一
 
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